SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
  • corvoさんのmixi「古生物復元」
    corvo (12/18)
  • デザイナー系SNSのMYDESIGNS
    kohjio (12/08)
  • デザイナー系SNSのMYDESIGNS
    corvo (12/07)
  • 「IT活用の授業 ミニネタ&コツ101」到着!
    滝沢 (12/01)
  • 「IT活用の授業 ミニネタ&コツ101」発刊!
    kohjio (11/24)
  • 「IT活用の授業 ミニネタ&コツ101」発刊!
    saibikan (11/23)
  • 共感覚、これだったんだ。
    kohjio (11/13)
  • Life is beautiful: スティーブ・ジョブスに学ぶプレゼンのスキル
    kohjio (11/12)
  • Life is beautiful: スティーブ・ジョブスに学ぶプレゼンのスキル
    corvo (11/09)
  • Life is beautiful: スティーブ・ジョブスに学ぶプレゼンのスキル
    山崎正明 (11/09)
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

kohjio's blog note 2nd

新しいブログへお越しください。アドレスは、http://blog.kohjiono.net/です。
<< アインシュタインが字を書いてくれる! | main | Keynote用ビューティフル!テーマ素材集 >>
共感覚、これだったんだ。
0
    共感覚・小さな哲学?雑想の世界

    音・音楽、文字・意味に色彩を感じる、そんな感覚を感じていました。学生だった頃、ひらがな/日本語を色で表す絵本をつくろうと思ったこともありました。
    今日、NHK BS1で「BS世界のドキュメンタリー“共感覚”の不思議〜言葉誕生の謎に迫る」という番組を見て、これだったんだぁと思いました。
    数字や物の名前に特定の色がついて見えたり、言葉と特定の味が連動して、言葉を味わってしまうという独特の感覚を持つ人がいる。シネスシージア(共感覚者)と呼ばれる。通常、私たちは視覚、聴覚、触覚、別々の感覚として体験するが、共感覚者の場合、二つ以上の感覚が同時に現れるのが特徴だ。なぜ共感覚が起きるのかは長いこと謎だったが、各国の科学者たちはようやくその謎を解明する手がかりを見出そうとしている。この謎が解ければ言葉が生まれたメカニズムも解明できる可能性がある。BBCの科学番組「Horizon」のチームが、共感覚者のユニークな日常を追い、科学の最前線が共感覚のメカニズムをどこまで解明しているかに迫った。
    Derek Tastes of Earwax(原題)
    制作:BBC/イギリス/2004年

    特別な能力があったという大げさなものではありませんが、これまでの自分のもどかしさがこれで1つ解き明かされたように思えました。
    これまで自分が育って来た中で、はじめから五線譜のある音楽教育、全てを言葉で表現しなければならない国語教育、会が・彫塑・デザインといった領域に分断されている美術教育、自分の中ではすべて興味のある1つ、自分の興味というのは1つの塊というイメージがあるのに、それを他の人に伝える術が無かった、伝えようとすれば細切れの概念というか、言葉を使わなければならなかった…そんなもどかしさを今までずっと抱いていました。
    以前将棋の羽生さんが盤面を写真のようなイメージで捉えるという話をしていましたが、ぼくもおぼろげながらものごとをイメージで捉えようとする癖(性向?)がありました。感覚とすれば、目の奥の網膜で感じる…そんな感覚です。網膜で形を輪郭として捉えること…これが言語かと同じような働きをし、それとは別に色彩を感じているのです。網膜で心地よく感じる作品を追い求めていた…そんなこともありました。とにかく言語化されているものであっても、言語ではない、とにかく平面な形にならないイメージなのです。日本人でも英語を聞いても、頭の中で日本語に一度翻訳作業をしなくてもイメージとして感じることができる感覚、短波放送で周波数を調整しながら日本語を見つけ出そうとする感覚、そんな感覚なのかもしれません(違っていたりして!?)。
    そのため?、ぼくの場合はイメージ、それも平面なイメージなのです。そのためかどうかは分かりませんが、ぼくはあまり立体を立体と感じられないような気がしています。立体への憧憬はあっても、あくまでも平面で感じてしまい、平面で考えようとしてしまうのです。これは立体的に感じる訓練をあまりしないままだったのかもしれません。
    ものごとを覚えることは、物事を網膜で輪郭を捉えるだけでなく、色彩を感じることとも関連させるようにすれば、よく覚えられるようになります。しかし網膜で形を輪郭で捉えることと、色彩を捉えることの意味を考えることの重要性を重要と考えることができず、(また学校など社会では)言語的な表現を重視することしか教わらなかったため、網膜で輪郭を捉えることばかりを大切だと思い込み、それほどものごとをうまく覚えきることができなく、自分に劣等感を感じても来たように思えます。
    調べてみるとすでにいろいろ研究されており、日本語webにも関連資料が結構あることがわかりました。
    "共感覚"、これからもっと自分の中の共感覚といわれるものを感じるようにしながら、共感覚についても考えていきたいと思います。ぼくが美術を選んだ根っこのようなものが少し見えた一時でした。

    「共同幻想」「アフォーダンス」「暗黙知」以来の自分の中でのヒットのキーワードでした。
    | 図工・美術教育 | 00:21 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    TBありがとうございました。
    | enzian | 2005/11/07 10:41 PM |

    enzianさん、ありがとうございました。
    言語による"認知"がこれまでの中心だったのだと思いますが、本当の人間の認知はそれだけではないんだということがわかりました。
    とても興味のある分野です。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
    | kohjio | 2005/11/13 8:47 PM |










    http://blog2.kohjiono.net/trackback/344416